今、僕たちだからできることを

今回の震災の被害に遭い、
尊い命を失われた多くの方々のご冥福を祈ります。
そして尚今現在、これから訪れる夜を、
心細い気持ちで迎えようとしている方々のことを思い、
皆さんのご無事と、少しでもはやく安心できる時が来るよう
祈りながら、テレビ、ネット、ラジオから聞こえてくる情報に
耳を傾けています。
 
先日新しい命を授かったまるこ店長こと溝川なつ美も
母子ともに、そしてご主人、ご家族ともに無事だとのことです。
そして関、浜田美樹とその家族、
松村有里子とそのご主人とご家族も皆無事です。
ご心配をおかけし、ご連絡をくださった皆さんに
ひとまずご報告いたします。
 
3月11日の早朝、霞ヶ浦の水面にカメラを向けていました。
光線漏れを防ぐために着ていたダッフルコートを脱いで
カメラにかぶせることができるほど気温は暖かく、穏やかな朝でした。
撮影と打ち合わせを終えて東京へ戻り、
後片付けと、いくつかの連絡、手配を終えた頃
東日本は大きな地震に見舞われました。
その時事務所に居た僕と松村が表に出ると
それまでに見たこともない電信柱が揺れるさま、
高層マンションが左右に揺さぶられるさまを
不安そうな顔で声もなく見上げる人々が居ました。
出かけていた浜田の安否を気遣いつつ、
通じない電話に焦る気持ちを抑えることが出来ませんでしたが
ほどなくして無事戻ってきた姿を見て安心することができました。
 
それから近隣の人々の無事を確認し、電車の暫定復旧のニュースを聞き
松村を見送り、通じない電話でしか安否を知ることの出来ない人々に
思いを馳せながら、手元のポラに残された今朝の穏やかな霞ヶ浦の水面を見つめながら、
錯乱した頭でまんじりともせず事務所で一夜を過ごし、翌日帰宅しました。
 
それから一日経った今日下町は、
一昨日、帰途を急ぎ国際通りに溢れた人々の姿が
嘘だったかのように静かです。
しかしながら甚大な被害を受けた被災地の方々のことを思うと
胸が痛みます。
 
今日は、普段では日曜でおやすみですが、
いつもどおりの時間に電車に乗り、事務所へ来て、
色々な人と連絡をとり、
無駄な電力を使わないよう気をつけながら仕事をし、
同様に仕事で事務所へ出ていた大沼ショージさんと会い、
打ち合わせもしました。
 
つけっ放しのパソコンから刻々と流れてくるニュースからは
耳を覆いたくなるような事実が告げられ続けています。
福島県伊達郡の親戚、友人は皆無事であると聞き安心しましたが、
宮城の蔵王、茨城日立の親戚とはまだ連絡がとれず不安な気持ちを
抑えることが出来ません。
 
何か出来ることはないかと、焦る気持ちと共に
今自分が一番しなければいけないことは、
いつもどおり元気で居ることだと諭す自分が居ます。
今尚、不安と寒さで震えている人に
その人達が安心を得られるまで継続的に手を差し伸べるためには
自身に不安の無い状況で居なければならない。
そう考えています。
 
今、彼の地で自らの身を呈し、
ひとりでも多くの人を救う為に活動されておられる皆さん、
そして、被害の拡大を防ぐ努力をしてくださっている原発で働く皆さん。
避難所で支援をする皆さん、病院で、不安定な状態で治療を続ける皆さん。
物資の輸送の為に渋滞の中に居られる皆さん。
本当にありがとうございます。
皆さんが、より多くの成果をあげられるよう心から応援しています。
そして不安に怯える人々に一刻でも早く笑顔が戻るよう、
今無事で居る僕らでしか出来ないことを、
限られた電気、通信、水、食料、配送など生活のリソースを
本当に必要な人々に優先して使ってもらえるよう配慮しながら
僕ら自身がいつでも手を差し伸べられるよう準備をしています。
 
テレビやその他のニュースに触れるたび耳を塞ぎたくなりますが、
憂う気持ちに自らの身を包んで思考を停めることは簡単です。
一筋の光と、必ず来る明日を信じて、
今できること、ひとりの人間として、そしてデザイナーとして出来る何かを探しながら
これ以上多くの人が悲しむことのないよう心から祈りながら、
冷静に、周りの人々と協調し、きちんとごはんを食べ、睡眠をとる
普段通りの生活を続けたいと思います。
 
ご心配をおかけして、ここをご覧になってくださった皆さま。
余震も続き不安もありますが、僕らは大丈夫です。
そのご心配の気持ちを、ご配慮を、
どうか他の困って居られる方々向けて下さるようお願いいたします。
僕らも出来る限りのことをしてゆきます。
皆さんの、今日の、明日のご無事を祈っています。
 
  
 
2011年3月13日 

ユニバーサル・レタープレス/ミスター・ユニバース 関宙明

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