気がつけばもう6月。
あっという間に一年の半分が過ぎようとしています。
大きな地震がありました。
そして今尚、大きな不安が日本を覆っているように感じます。
幸せに暮らす。
この何でもない願いに対する答えが一握りの人間のものではなく
総ての人の権利として未来に引き継がれるよう
一人ひとりが知恵を絞り、歩みを止める事無く、自分が出来ること、すべきことを
今、考え続けてゆかなければならないと思っています。
自分のことを振り返ってみると果たしてどうだったのか。
私の仕事はデザインです。
グラフィックデザインに於けるアートディレクションという仕事は、
広告であれ、書籍であれ、見る人、受け取る人にとってそれが
かけがえの無い出逢いとなるように、愉しんでもらえるものであるように、
一緒につくり上げてゆく多くの方々と「いちばん大切なものは何か」を
日々問いながら作ることだと思います。
それが自分の仕事であり、自分の仕事から生み出せる
数少ない世の中への貢献ではないかと考えています。
6月になりました。
自分自身の仕事を果たして来られたかと問いながら
ご紹介出来なかった今年に入ってからの主要な仕事を
関わってくださった皆さんに感謝の気持ちを込めながら
振り返ってみようと思いました。
お時間のある方はお付き合いをいただけますと幸いです。
2011年1月
いのちの政治家 山本孝史物語「兄のランドセル」
山本ゆき著 朝日新聞出版刊
装幀・造本:関宙明
昨年末に原稿を渡された際、
私は山本孝史さんという政治家を知りませんでした。
そして、原稿を読み進めると涙が止まらなくなりました。
この本は山本孝史さんという政治家が、自らがんを患いながら、
誰かの命を守る大切さに自らの命をかけて挑んだ58年の人生を
傍で支え続けた奥様のゆきさんが綴ったものです。
昨年の後半、政治や政治家への不信感が世の中に、
そして私の中でも大きな諦めを伴って存在していました。
しかし、素晴らしい政治家が存在したという確かな事実が
自分が知らないだけで、信じるられる人がかならず居はずだ、
と前向きな気持ちになりました。
闇に浮かび上がる姿が印象的なカバーの写真は、
がんを患いながら選挙に当選した孝史さんが初登院した日の参議院での姿。
医療機器をつけながら、笑みをたたえた姿には何度見ても心を打たれます。
この素晴らしい写真は朝日新聞社写真部の鬼室黎さんによるものです。
そこに手描きで題字を添えました。
表紙、見返し、花布。スピン、別丁扉。
この本を構成するものは総てこの物語からの引用です。
特に見返しは、フェザーワルツ(桜)という紙を選びました。
どうしても、この本を桜で包みたいという
自分自身の強い思いからのもので、
本を読んでくださった方にはきっとご賛同いただけるものと思います。
思いを一つ一つ本に投影してゆくなかで、
本と自分の距離がどんどん縮まってゆく感覚があり、
仕様を固め終えた際、自分が本そのものになれた、
という不思議な安堵感に包まれました。
3月11日の震災を経て、
孝史さんが今の世の中をどのように見て居られるか。
個人的には、歯がゆく感じるところです。
でも、今だからこそより多くの方に読んでもらいたい
そう思っています。
2011年2月
誰も知らない太宰治 飛島蓉子著
朝日新聞出版
装幀・造本:関宙明
太宰治と同郷の縁で、芝白金三光町、杉並区天沼と3軒の家で
太宰夫妻と住まいをともにした飛島家長女である飛島蓉子さんが、
両親から聞いた作家以前の太宰治の姿を描きました。
原稿を読んで、ぱっと思いついたのが
大沼ショージさんが活版で作っていたアートワークでした。
活版のローラーに挟んで刷られたもので、
深い闇を湛えた水の流れに見えました。
ベースとなる闇を、1色の黒でもなるべく深い黒になるように、
凹凸がありながら再現性に濃度が得られるタントにマットブラック、
水の部分を銀二度刷りで再現したものにタイトルと著者名は、
岩田明朝体初号で組んだものを箔押しで仕上げました。
編集者の津田淳子さんが、連載中のご自身のコラムでこの造本を取り上げてくださいました。
有難うございます。
津田さんが触れてくださっているように
この本、重そうに見えて軽いです。
こういう意外性も、本ならではの楽しみかなと思います。
2011年2月
怪しき我が家 家の怪談競作集 メディアファクトリー
皆川博子、福澤徹三、南條竹則、黒史郎、宇佐美まこと、雀野日名子、神狛しず、
田辺青蛙、朱雀門出、金子みづは/著 東雅夫/編
装幀:関宙明
驚きの新ジャンル!
家は普段の生活の中で最も身近な場、
その「家」をテーマに旬な怪談の書き手たちによる競作集です。
こういうジャンルは初めてでしたが、
ビジュアルは、とにかく怖いものを、とのことで、
自分の中の「怖い」を振り絞ってゆくと
楽しくて楽しくて仕方なくなってしまいました。
内容はバラエティーに富んでいて各編読み応えがあります。
全編を通して言えるのは、恐怖の連続! ではなく
身の回りの時空が少しずれたところをうっかり見たら深い闇が広がっていた。
そんなゾッとする余韻を楽しむ感じです。
そう考えると、カバーはややサイコホラーな感じで少しやり過ぎたかな?
と反省もあります。
2011年2月
京都さくら探訪 ナカムラユキ著 信陽堂編集室 文藝春秋刊
AD:関宙明
D:松村有里子
京都在住のイラストレーター ナカムラユキさんが桜への偏愛ぶりを披露しました。
京都の桜ガイドとしても大変な充実度、密度を持った一冊です。
文章だけでなく、写真も、勿論イラストもユキさんご自身によるもので、
足掛け3年の制作期間を経てぎゅっと濃縮されて世に出ました。
凸版印刷さんによる印刷では
種類の違いによる桜の微妙な色合いを表現するために
紙、インキ、線数など、様々な工夫をし、
今後桜の表現はこれしかない! というような
設定を創り上げてくださいました…が、
ここには書きません…。
校了日、板橋の凸版校正室で、
ユキさんをはじめとするスタッフ全員が集まり、
写真を1点1点、この桜はどんな色なのかを
確認しながらPDの石川さんに戻してゆきました。
その時間、なんと8時間…。
そして印刷本番の日、立会いで校正室に居る
我々の目の前に一折ずつ届けられる刷り出しは
総てのお願いにしっかり応えてくださった素晴らしいものでした。
京都に桜がある限り、ずっと永く愛し続けられる本になったと思います。
カバーを外した姿。舞い散る、桜吹雪。
松村の労作です。
2011年2月
緑が丘法律相談所 ロゴ
CD・AD:関宙明
D:松村有里子
とある方のご紹介で、
これから兵庫に法律相談所を設立するという方から
ロゴのご依頼をいただきました。
これまで全く接点の無かった業界です。
お話しを伺いますと、どうやら自分が考えているような敷居の高いものでは無く、
街のよろづ相談所のような存在になりたいとのお話しでした。
なるほど、それであるならばと、更に詳しくお聞きしますと、
人の悩みをどう解決するかなど、どうにもデザインの仕事にも共通する部分が
たくさんあり、ロゴの役割もはっきり見えてきました。
読みやすく、親しみやすく、覚えやすい。
とはいえ、お役所への法的手続きなどもありますから
くだけすぎないもの、凛とした意思と、清潔感のあるもの。
そんな姿を目指しました。
2011年2月
「育む」道具。松野屋とSyuRo
CD・AD・D・PH:関宙明
馬喰町の荒物問屋松野屋さんと、
鳥越の生活雑貨店SyuRoさんによる
神戸のギャラリーM2での展示コンセプトと
DMを手がけました。
2店が手がける道具は、時間を経ても古びることなく
愛着というかたちで生活に根付いてゆく。そんなことをメッセージに込めました。
この考えに行き着くまでにかなり時間がかかりましたが
諦めずに見つめることで、答えが見つかるという当たり前のことを再確認出来ました。
また、同じころ、プランニングからデザインまで手がけた
松野屋さんのウエブ・サイトリニューアルも仕上りました。
暮らしの道具 松野屋
CD・AD・D・I:関宙明
コーディング:長谷川豊(高井戸インターティンメント)
2011年4月
球根とサコッシュ 北村範史 個展 DM
イラストレーターで、カメラマンでもある北村範史さんの個展のDMです。
透明感のある北村さんの表現をどのように印刷物として定着するか、
企画から定着までの間に震災を挟んだこともあり、
北村さんを知らない人にも直感的に響き、
清々しい気持ちになるようなDMにしたいと思いました。
そんな思惑が通じたかどうかは定かではありませんが、
カフェなどに置かれたDMを通じて
今まで知らなかった人が随分来てくださったようで、
展示の内容にも皆さん満足され、
中には会期中何度か足を運んでくださる方も居られたようで、
嬉しくその報告をお聞きしました。
2011年4月 カキモリのある町 蔵前散策マップ
CD・AD:関宙明
D:松村有里子
I:溝川なつ美
蔵前のユニークな文具店、カキモリさんとは
昨年末の立ち上げ以来のお付き合いで、
お店のコンセプトづくりから、ロゴ、ウエブサイト、
その他グラフィックだけでなく、商品開発までも
幾重にも渡ってお手伝いをさせていただいています。
蔵前の周辺には、面白い場所や個性的なお店が多く、
浅草から馬喰町までをその範囲に入れれば
週末の一日を十分楽しめる楽しいところ。
歩いても楽しめますが、台東区には区営のレンタサイクルがあり、
それを使うと随分楽に散策を楽しめる町です。
そんな町の魅力を、カキモリさんを通して
色々な人に愉しんでいただきたくて地図の制作を企画しました。
イラストマップを描いてくれたのは
溝川なつ美さん。
彼女は弊社主催の活版ワークショップの
講師でもあります。
地図はお店で配布の他、
同時に完成したカキモリさんのウエブ・サイト上のコンテンツ
「カキモリのある町」で、
PDFがダウンロード出来ます。
お店に来る前にダウンロードして
散策プランを練ってみては如何でしょうか?
サイト上のお店の情報は、今後カキモリさんがどんどん増やしてゆきますので
思い出したら時々覗いてみてください。
2011年5月
ウッドワークの手ぬぐい
AD・D・I:関宙明
こちらも、2007年のリニューアルオープン以来
コンセプトづくりからロゴ、グラフィックまわり、
ウエブサイトの開発までお手伝いさせて頂いております
御徒町の家具店ウッドワークさん。
夏に向けて手ぬぐいのデザインをしました。
モチーフとなったのはエントランスから入って正面に見える
壁面の装飾。
2007年の店舗リニューアルの際にデザインしたもので、
タモ材と白い板を切り抜き、
パズルのように噛みあわせて作ったものです。
店内を「森」とするコンセプトから生み出した、
ウッドワークの顔とも言えるものです。
下町の材木屋が作る家具、
こういう遊びも、下町らしくて楽しいですよね。
お店で好評販売中です。
2011年5月
北欧デザインの巨人たち あしあとをたどって。
萩原 健太郎 著 永禮 賢 写真 BNN新社
AD:関宙明
D:松村有里子
ライターの萩原健太郎さんと、写真家の永禮賢さんが、
北欧デザインの礎を創り上げた巨人たちの足跡と、
それを現代に伝える作り手たちを尋ねたインタビューを交えた
ある年の秋の北欧の記録です。
美しい写真と、淡々としながらも徐々に熱を帯びてくる文章が
対等に並走するように全体を組み上げてゆきました。
カバーには本書にも登場する、北欧デザインを代表するデザイナー
「A.ヤコブセン」、「E.アスプルンド」、「A.アアルト」の名を石碑に深く刻むように
北欧のブルーグレーの空を思わせる薄い青で刷り、深い空押しで仕上げました。
丹精な佇まいの、気持ちのいい本が出来上がりました。
2011年5月
Zuhre 前川秀樹著 信陽堂刊
エッチング:前川秀樹
装幀・造本・ピンホール写真:関宙明
前川秀樹さんというアーティストが生み出す世界は
どこまで広がるのだろう?
前川秀樹さんは、
縁あって譲り受けた雑木、時には朽ち、大きな虚をもち、
そして時には大きなヒビの入ったそれらを木がそれまでに過ごしてきた時間と、
見てきた世界に思いを馳せ、対話をしながら本来あったであろう姿を
僕らの目の前に産み出す作家です。
その世界は独特で、
一度見たら目が離せなくなり、観ている私たちも、
前川さんが覗き観た「どこかの世界」を追体験するように
その像の前に佇み、向こうの世界に触れようじっと見つめます。
その作品たちを「像刻」と名づけ、
1年半に一度のペースで発表しては多くの人々をその魅力の虜にしています。
それら像刻の姿は2010年の始めに、
「VOMER」前川秀樹像刻作品集として出版され、
その発売を遡ること1年半の前からずっと
僕自身も作品集制作の過程で
前川さんの中にある物語の虜になっていました。
VOMER 前川秀樹 像刻作品集
そして、物語は文章となって私たちの目の前に現れました。
前川さんが日々見つめている世界がご自身の手で鮮やかに綴られました。
像刻たちと同じように、
言葉を削り出し、研ぎ澄ませ編まれた5編の物語は
神話であったり、往復書簡であったり、時代や国境を越え、
それぞれ違う世界を描きます。
造本ではそれを受け、
5編それぞれに違う書体、組みを与えました。
違う時代や世界で編まれた書籍を拾い集めてただ綴じた、
そんな手触りの本にしたかったのです。
表紙の題字部分は一段掘り下げ、
文字の周りには中世から使われる伝統的な花形装飾を
彫刻のように施しました。
表紙に貼られた板紙、背の寒冷紗、精度と力を必要とする箔押しと空押し、
仕上げの工程には、人々の手の熱が濃厚に閉じ込められ、一冊の本となりました。
その熱が冷めずに読者に届くように私たちは一冊ずつ掛け紙を掛け、
予約をしてくださった方には前川さんご自身が一枚ずつ刷ったエッチングを同封し、
そしてそれを収める封筒も一枚ずつ作り2011年5月の個展「gwener」に合わせて
世の中へ送り出されました。
今の世の中の動きとは真逆の作り方かもしれないけれど、
前川さんをはじめとして、信陽堂さんも、ミスター・ユニバースも
どうしても、こういう本が作りたいという強い思いから
このような方法をとることに至りました。
その為、多くの方に読んで欲しいと願いながら、
部数は限定にせざるを得ませんでした。
本を手元に置かれた人からは、その思いが届いたのだと思います、
前川さんの物語を賞賛する言葉と共に、多くの方から喜びの声が聞かれました。
Zuhreは、展示会場の他、一部の書店を除いた一般書店では入手できません。
ほしい方は信陽堂さんまでお問い合わせください。
本の作り手として、手渡す工程にまで深く関われたことに感謝をしています。
前川秀樹さん、千恵さん、信陽堂、丹治さん、美佳さん、凸版の藤井さん、DEE’Sの土器さん、チコちゃん、そして弊社浜田、
本当に有難う御座いました。
【zuhre】
金星を意味する言葉。中央アジアから東ヨーロッパまで
広く女性の名前としても親しまれている。
【gwener】
明けの明星。ブルターニュのケルトの末裔たちがそう呼ぶ、
2010年5月
エムピウ コンセプトブック
CD・AD・D:関宙明
C:渡辺尚子
PH:大沼ショージ
PM:浜田美樹
エムピウさんとの出逢いは6年ほど前、
表参道にあった家具店、アイ・スタイラーズで見かけた
A3ノビのサイズが入る大ぶりの革のバッグでした。
一目惚れ、と言っていいほどその手触りに惚れ込み、
購入したそれは年月を経るほどいい味わいをもち、身体に馴染んでゆきました。
今年亡くなった祖母も見舞の際に必ず「それ、触らせて」と言い、
薄くなった手のひらを当てて「気持ちがいいねぇ」と
穏やかな顔をしていました。
そんな素敵な革製品を作るエムピウさんは
ミスター・ユニバースと同じ蔵前にあります。
村上雄一郎さんとは、同世代ということもあり、
ずっと蔵前のご近所さんとして
親しくさせていただいてきましたが
今年になって、冊子づくりのお手伝いを
させていただくことになりました。
自分が惚れ込んだ製品を世の中に送り出すお手伝いが出来る幸せを
きちんとかたちにするために、
コピーライティングには、作り手の思いを美しい文章に綴るあこがれの人、
渡辺尚子さん、写真は、敬愛する写真家大沼ショージさんという万全の布陣で挑みました。
古くなったら買い換えるという世の中のサイクルに逆らうように、
使い込まれ、傷つき、その人の使い方に馴染んだ状態こそが
エムピウの革製品の本来の姿だと言う村上さんの強い希望から、
使い込まれた製品が集められ、大沼さんのスタジオ「カワウソ」にて
撮影が行われました。
冊子はA5判サイズ。
カレンダーのような縦開きの理由は、
村上さんが初めて作った革の小物、今の「mille foglie」の原型となる財布の開きを
模したもので、「一枚革でくるむような」製品づくりをする
エムピウのデザインの柱となる動きではないかと思いこのようなかたちとしました。
渡辺さんの文章、大沼さんの写真と共に愛情を持って「育て」られた革製品の姿を
楽しめる一冊となりました。
蔵前にお越しの際は
是非エムピウさんにお尋ねください。
そして、
カキモリさん、
SyuRoさん 、
WOODWORKさん、
アノニマ・スタジオさん、にも、ぜひどうぞ。
以上、随分と長くなりましたが
今年に入ってからの主に関が関わった仕事のご紹介でした。
数の多寡や質を自分で測ることはできませんが、
それでも自分に嘘をつかずに
自分の仕事が何かという日々の問いかけに
一つずつ答えを出してこられたように思います。
これも一緒に作ってくださった多くの方のお陰であり、
そしてスタッフの松村と浜田が支えてくれたからこそだと感謝しています。
4月には事務所の引越しもあり、まだ一部片付いてもおりませんが、
これから後半、秋へ向けて色々書籍や計画が進行しています。
これからも、これまで以上に一つずつを大切に思いながら
多くの人に喜んでいただけるもの、
未来に向けて前向きな気持ちになれるようなものを、微力ではありますが
つくり続ける努力をしてゆきたいと思います。
勿論、地球に暮らす人間の一人として、
日々迎える様々な決断にも間違わず向きあってゆきながら。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
関 宙明
2011-05-30 owner お知らせ