2011年のおわりに

2011年のおわりに

 
 
 
 
2011年も終わろうとしています。
今年もたくさんの方々にお世話になりました事を感謝しています。


 
 

 
例年そのように感謝をしながら新年を迎えるわけですが、今年はどうしても頭の
隅から離れない、いえ、離したくない事があります。
震災で傷ついた人々への思いもそうなのですが、3.11以降の「過ち」という人
災が、現在進行形で、省みることも、手当することもなく、恐れを与え、人々の
生きる気力を奪っている。そして他国へ、さらには未来に生きる人々へ大きな負
担となるであろうこと、その事を思うと胸が苦しくなります。そして現代の日本
だけでなく、遥か昔から多くの人が、時には戦争で、時には差別で、時には病で
苦しんで来た人々を想像する度に、鈍い痛みとなって全身を巡ります。その痛み
は子供の頃に漠然と感じた死への恐れの気持ちに似て、遣り場のない、収めどこ
ろのわからない塊となって全身を重く沈めます。
  
もうすぐ世界は新年を迎えますが、今、僕自身はそこにカレンダーが変わること
以上の意味を見出す事が出来ずにいます。これまでも世界は成長を続けてきまし
た。暮らしやすくなった。便利にもなった。来年はもっと豊かになりますよう
に、と世界中が思い続けて至った現代ですが、日本の現在の状況に限っていえ
ば、もう、この辺でいいんじゃないの? と感じています。たぶん、そう多くの
人が感じているように。
  
笑って、食べて、飲んで、眠る。そんな普通の事が、世界中の誰にとっても当た
り前になる日が来ますように、と2011年の大晦日の今日、改めて願いました。
自分の気持ちを人に強いるのは真意ではありませんが、「人が人を思う」そんな
簡単(だと信じています)な行為を、立場、宗教、人種や性別、貧富や経済を越
えて多くの人と共有し、そして、現代に暮らす人々にとって、今後目指すべき
「豊かさ」の柱となって欲しいと祈りながら、これまでの自分自身の反省と、人
と未来を信じる気持ちと共に、本年を終えたいと思います。
 
 
全ての人々にとって、良い年になりますよう祈っています。
 
そしてお世話になった皆さまと、最愛の妻、家族へ、感謝の気持ちをこめて。
   
 
2011年12月31日 関宙明
 
 
 

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