今日、打ち合わせで写真家さんの事務所へ行った。
つい最近引っ越したばかりのKさんの新しい事務所は、二面に大きな窓を得た、室内にたくさんの光を取り込む作りで、窓から見える景色すらかつてKさんの作品にあったのではないかと感じるような、その人らしい部屋だった。
ここからまた、さまざまなものがKさんの目線で切り取られ、印画紙に定着されるのだなと、未だ見ぬその世界を想像しながら心が震えた。
打ち合わせを終え、事務所へ帰る道すがら、果たして自分の事務所は誰かの気持ちをドキドキさせるような、期待感に満ちる場所になっているのかな、そんな事を考えた。
(関)




 


先週末から今週の前半は瀬戸内に居た。夜明け前の海、瀬戸内の島々のゴツゴツとしたシルエットが、淡いブルーのグラデーションの向こう側にぼんやりと映し出されるさまは夢のようで、この淡い光の中に溶け込むことが出来たらなんと幸せだろう。
夜明けが近づくと、ほのかに紅潮したような滲みが広がりはじめ、とがった島々のかたちがはっきりと見えてくる。客船や高速艇が、深いブルーとなった面に白い線を引いてゆく。海の無い所に生まれ育った自分の、海のそばでの暮らしへのあこがれが、またひときわ強くなる。
小豆島では樹齢1000年と云われるオリーブの木に逢いに行った。スペインで1000年の時を過ごし、ほとんど立ち枯れのようになってしまったオリーブの木。約1ヶ月、10,000kmの海路を経てやって来た彼は、震災の動揺も生々しい2011年3月15日に、海を見下ろす小高い丘に植えられた。島に来てしばらくの間は、表面が乾燥しないようにと麻布を全体に巻かれ、痛々しい姿だったが、数ヶ月すると新芽が生え始め、翌年には花を、そして小さな実をつけたそうだ。既に麻布を外された、ゴツゴツとした表皮の感触を手のひらに感じながら目を瞑ると、ひどく安らかな、落ち着いた感情が流れこんできた。そうか。良かったね。直島、小豆島、そして高松。短い滞在だったけど、島に暮らす人々と一緒に過ごした時間は、水面に映る日差しのように眩しい記憶となった。
旅の終わりに訪れた小さな町で、ちょっとした事件があり、町に拒絶をされたような気がした。自分のどこかに芽生えた慢心に、敏感に反応されたのかもしれない。そして酷く落ち込んだが、その町の本当の息遣い、素顔に触れる事が出来たのかもしれない。こちらもさほど身奇麗ではない。お互いにヨロシクな、てなものだ。また来るよ。若い頃は仕事にかまけて旅をすることも少なかったのだけれど、これからは仕事に託けて(仕事でなくとも良いが)沢山の人に会いに行こう。
明日からはまた近江へ。こちらは既に旅では無く、親戚の家に行くような心持ちだ。2年目の近江はどのような姿を見せてくれるのか、楽しみでならない。(関)



 

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